Home / ラノベ / 灰の令嬢は、知恵で世界を塗り替える / 40話 嵐の中の、それぞれの場所

Share

40話 嵐の中の、それぞれの場所

last update publish date: 2026-09-05 17:00:15

 残り五週間になった。

 最後の山は、一気に来るのではなく、じわじわと来た。

 毎日、少しずつ、何かが動いた。

 フィオナからの報告が、一日おきに届くようになった。

 宮廷の空気が、二極化している。クロヴェルの上奏を支持する立場と、慎重な審議を求める立場に分かれている。どちらが多いかは、まだはっきりしない。

 アルバ殿下が動いた。殿下は、陛下との面会を申し込んだ。何を話したかは、まだ聞けていない。でも、面会後の陛下の表情が少し変わったと、側近から聞いた。

 ダリウスが、宮廷内の若手の貴族数人と個別に話しているようだ。何を話しているかはわからない。でも、若手の貴族の中に「慎重な審議を」という声が増えている。ダリウスの動きと関係があると思う。

 エリナはフィオナの報告を毎日読んで、ゴードンと共有して、次の手を考えた。

 今、自分たちにできることは何か。

 王都の政治の動きは、エリナが直接動かせるものではない。

 でも、手元でできることがある。

 最終報告の骨格を、毎日少しずつ磨いた。

 学院の確認書が、師匠の署名入りで届いた。魔法師団長の副署は、三日後に追加で届いた。

 両方揃った確認書を、ゴードンが丁寧に保管した。

「これで、品質の問題を持ち出されても対応できます」

「他に弱点はありますか?」

「一つ、気になっていることがある」

「何ですか?」

「数字の範囲です。五つの町と学院。王宮の場で、これで十分かどうか」

「レインの構成案では、学院のデータを中心に据えることで、一地方の話ではなくなる、という論理を作っています」

「それは正しい。でも、もう一本、王都に近い場所での実績があれば、さらに強くなります」

「王都に近い場所、とは?」

「ベルナが一番近い。でも、ベルナはすでに使っています」ゴードンが少し考えた。「王都の外側に、何か繋がりがないか。アルバ殿下が動いてくださっているなら、殿下の周辺で何かできないか」

「フィオナに確認してみます」

 フィオナへの手紙に、その件を追加した。

 アルバ殿下の周辺で、石鹸と薬草薬の使用実績が作れないか。王都に近い場所での事例があれば、最終報告がさらに強くなる。

 翌日、フィオナから返事が来た。

 それ、すでに動いている。

 アルバ殿下が、王都の平民街の一部で、商会の石鹸と薬草薬を試験的に配布することを、三週間前から始めていた。殿下が自分で動いていたんだけど、私に言っていなかった。昨日、確認したら教えてくれた。

 配布を始めてから三週間のデータが、殿下の側近がまとめてくれている。平民街の一区画での、病欠の変化、薬屋への来客の変化。まだ期間が短いが、同じ傾向が出ている。

 王都でのデータがある。

                                      ――フィオナ――

 エリナはその手紙を読んで、少しだけ目を細めた。

 アルバ殿下が、三週間前から動いていた。

 エリナが知らないところで、殿下が動いていた。

 一人で進めているつもりはなかったが、知らないところで動いてくれている人がいた。

 ゴードンに見せると、「これで、王都のデータが加わります」と言った。

「最終報告の構成に、王都の事例を追加する」エリナが言った。

「第三部に入れましょう。一地方の話ではなく、王都でも同じ効果が出ている、という流れになります」

「レインに連絡します。構成の更新を共有する必要がある」

 その日の夜、レインへの手紙を書いた。

 レインへ

 王都のデータが加わった。アルバ殿下が三週間前から王都の平民街で試験配布を始めていた。エリナたちが知らないところで動いていた。

 最終報告の第三部に、王都の事例を加える。構成を更新して、明日送る。

 残り五週間になった。

 学院の確認書、両方揃った。ゴードンさんが大事に保管している。

 一つだけ。今週、毎日フィオナから報告が来て、毎日何かが動いている。宮廷が動いている。でも、ルシェムは静かだ。

 その対比が、少し不思議な感じがする。向こうでは嵐が続いているのに、ここでは台所で薬草茶を飲んでいる。猫がいる。ルナが棚を整理している。マリオが市場から戻ってくる。

 静かなことが、今は少しありがたい。

                                      ――エリナ――

 書いて、封をした。

 翌朝、レインから返事が来た。

 いつもより少し早かった。

 エリナへ

 王都のデータの件、受け取った。構成の更新を待っている。

『ルシェムは静かだ』という話。こちらも、少し似た感覚がある。

 宮廷の話はフィオナから届いて、師匠から届いて、毎日何かを考えている。でも、学院は静かだ。朝、霜の石畳を歩いて図書室に行く。その道が、今は少し落ち着く場所になっている。

 静かな場所が、嵐の中では大事だと思う。

 一つ、報告がある。

 師匠が、最終報告の場での発言内容を、今週中に文章にまとめると言った。発言は三分以内にする、という制約があるらしい。三分で、学院での一年間の成果を伝える。師匠は「難しいが、やれる」と言った。

 三分の発言のために、師匠は今週ずっと考えている。その姿を見て、俺も何かを考えた。

 うまく言葉にできないが、あることは確かだ。

 残り五週間。

                                      ――レイン――

 エリナは『うまく言葉にできないが、あることは確かだ』という言葉を読んで、少し笑った。

 この言葉を、最初にレインが使ったのはいつだったか。

 もう、何度も往復した言葉だった。

 でも、今日のこの言葉は、師匠の姿を見て生まれたものだ。

 師匠が三分のために一週間考えている。それを見て、レインが何かを感じた。

 その『何か』を、エリナは想像した。

 整理できなかったが、悪くない感じがした。

 その日の午後、マリオが市場から戻ってきた。

「なあ、エリナ」

「何?」

「市場で、変な人に声をかけられた」

「変な人?」

「商人風の男。王都から来たって言ってた。俺に、商会のことをいろいろ聞いてきた」

「また調査員ですか?」

「いや、今回は少し違う。質問の仕方が違った。前の調査員は、こちらを探るような聞き方だった。でも今日の男は、なんか、確認するような聞き方だった」

「確認、とは?」

「『石鹸は本当に効くのか』とか、『薬草薬を使ってどうだったか』とか、悪口じゃなくて、本当に知りたそうに聞いてた」

 エリナは少し考えた。

「その男、アルバ殿下の側近だった可能性がある」

「え、なんで?」

「殿下が王都の平民街でデータを集めていた。その延長で、ルシェムにも確認に来たかもしれない」

「なんか、いろんな人が動いてるんだな。俺が知らないところで」

「そうです。でも、マリオが市場で話してくれたから、わかった」

「俺の仕事だからな。市場で顔を作っておく、って言っただろ」

「覚えています」

「で、そいつに何か伝えておくことはあったか?」

「もし再会したら、一つだけ。石鹸を使い始めてから、市場の人たちの様子がどう変わったか、マリオの言葉で話してあげてください」

「俺の言葉で?」

「あなたが見てきたことを、あなたの言葉で」

 マリオが少しだけ、真剣な顔になった。

「……わかった。ちゃんと話す」

 夕方、エリナはセレーナと二人で夕食を作った。

 最近、一緒に台所に立つことが少なかった。

 久しぶりに、並んで鍋をかき混ぜた。

「来週、王都に行かないといけないかもしれない」

「フィオナちゃんのところに?」

「フィオナと、アルバ殿下と、状況の確認をするために」

「そう」

 セレーナが鍋を混ぜながら言った。

「いつ戻れる?」

「二日で戻るつもりです」

「わかった」

「一人で大丈夫ですか?」

「一人じゃないわよ」

 セレーナが少し笑った。

「ルナちゃんがいる。マリオもいる。ゴードンさんもいる」

「そうですね」

「心配しないで行っていらっしゃい」

 エリナは鍋を見た。

 豆のスープだった。

 最初にルシェムで作ったもの。

 一番最初の、最初の一手。

 あの頃、この台所には自分と母だけだった。

 今は、マリオがいて、ルナがいて、ゴードンがいて、フィオナが王都にいて、レインが学院にいて、ベルダンがベルナにいて、マグダがヴァロウにいて、シェナがトレネにいて、ジルカがキーシュにいて、アルバ殿下が王都で動いていて、ダリウスが宮廷で動いていて、師匠が三分の言葉を考えている。

 一人ではない。

 その実感が、豆のスープの匂いと一緒に、台所に漂っていた。

「お母さん」

「うん?」

「最初にここで豆のペーストを作ったの、覚えていますか?」

「覚えてるわよ。あなたが一人で早起きして、台所で何かやってると思ったら、酵母から作ってたのよね」

「そうです」

「あの頃は、びっくりした」

「今も、びっくりすることがありますか?」

「毎日。あなたのことを、毎日びっくりしながら見てる」

 エリナは少しだけ、その言葉を受け取った。

 豆のスープが、煮えてきた。

 夜、エリナは机に向かった。

 明日、王都に行く準備をしながら、レインへの短い手紙を書いた。

 レインへ

 来週、王都に行く。フィオナとアルバ殿下と状況の確認をするために。二日で戻る予定。

 今夜、母と豆のスープを作った。一番最初にルシェムで作ったものと、同じスープだ。

 あの頃から、ここまで来た。

 師匠が三分のために一週間考えている話を読んで、少し考えた。三分というのは、短いようで長い。長いようで短い。でも、その三分の中に、一年分が入る。

 残り五週間を切った。

                                       ――エリナ――

 書いて、封をした。

 ランプを吹き消した。

 明日、王都に行く。

 残り五週間で、最後の山を越える。

 エリナ・アッシュフォード、八歳。

 今夜、母と豆のスープを作った。

 最初の一手を、思い出した。

 それで今夜は、十分だ。

Continue to read this book for free
Scan code to download App

Latest chapter

  • 灰の令嬢は、知恵で世界を塗り替える   52話 フィオナが来た日

     フィオナがルシェムに来たのは、謁見から二週間後のことだった。 予告なしだった。 朝、市場から戻ったマリオが、息を切らして事務室に飛び込んできた。 「フィオナさんが来た」「どこに?」「市場の入り口。馬車で来てる。荷物が多い」「荷物が多い?」「トランクが二つある」  エリナは少しだけ止まった。 「泊まりではなく、しばらくいるつもりですか」「そういうことじゃないか? 迎えに行くか?」「行きます」 市場の入り口に着くと、フィオナが馬車の横に立っていた。 久しぶりに、ルシェムで見るフィオナだった。 王都で会った時とは少し違って見えた。服装は変わらないが、顔が少し違う。 疲れている、と手紙に書いていた。 確かに、少し疲れた顔をしていた。 でも、エリナを見た瞬間、目が変わった。 「来た」「来ましたね、予告なしで」「予告したら、準備されすぎると思って。あなたのことだから、部屋を完璧に整えて、食事まで用意して待っていそうだから」「そうしようとしていました」「でしょう。だから、言わなかった」「荷物が多いですね」「しばらくいようと思って」 フィオナが少しだけ声を落とした。「王都からの仕事は、手紙でできる部分も多い。しばらくルシェムで動きながら、こちらの空気も吸いたかった」「どのくらい?」「一週間か、二週間か。決めていない」「決めなくていいです。いたいだけいてください」 マリオが荷物を運んでくれた。 フィオナが見ると、少し驚いた顔をした。 「マリオ、大きくなった?」「なってないと思うけど、フィオナさんが久しぶりに会うから大きく見えるだけじゃないか?」「そうかもしれない。でも、なんか違う。顔が違う」「どう違う?」「前より、落ち着いた顔をしてる」「そうかな」 

  • 灰の令嬢は、知恵で世界を塗り替える   51話 動き始める、次の一手

     翌日から、エリナは動き始めた。 といっても、急いでいるわけではなかった。 落ち着いて、一つずつ。 謁見の翌日以降に何をするかは、帰り道の馬車の中でゴードンと話し合っていた。 優先順位は決まっていた。  一つ目、商会の代表変更の正式書類を処理する。二つ目、各町の現場責任者に謁見の結果を報告する。三つ目、フィオナと連携して規制案の継続審議への対応を続ける。四つ目、学院の衛生教育の検討に、商会として協力できることを提示する。  どれも、急ぎではない。 でも、止まってもいない。 まず、商会の代表変更の書類が届いた。 アルバ殿下が約束した通り、一週間以内に書状が来た。 正式な書類に、エリナ・アッシュフォードの名前が入っていた。 アッシュフォード商会の代表者、エリナ・アッシュフォード。 ゴードンがその書類を机の上に置いた。 「これで、正式になりました」「そうですね」「どういう気持ちですか?」  エリナは少しだけ考えた。 「思っていたより、静かな気持ちです」「静か、とは」「もっと大きな感情が来ると思っていた。でも、静かだった。当たり前のことが、形になった、という感じです」「それが、正しい感覚だと思います」ゴードンが静かに言った。「当たり前のことを積み上げてきたから、当たり前に形になった」「ゴードンさん」「はい」「代表名義をずっと引き受けてくれていた。本当にありがとうございました」「礼はいりません。でも、受け取ります」  それだけだった。 それで十分だった。 次に、各町の現場責任者への報告をした。 マグダ、シェナ、ジルカに、それぞれ手紙を書いた。 謁見の結果。陛下が約束を守ってくれたこと。商会の活動が引き続き認められたこと。今後も続けることができること。 返事は、それぞれ三日以内に来た。 マグダから。 エリナちゃん

  • 灰の令嬢は、知恵で世界を塗り替える   50話 翌朝と、これからのこと

     ルシェムに帰った翌朝、エリナはいつもより少しだけ遅く起きた。 目が覚めた時、空はすでに明るかった。 珍しいことだった。 いつもは夜明け前に目が覚める。でも今朝は、光が差し込んでから目が開いた。 しばらく、布団の中でそのままいた。 これも珍しいことだった。 起きたら、すぐに動く。それがいつものエリナだった。 でも今朝は、少しだけそのままいた。 窓の外から、ルシェムの朝の音が聞こえた。 市場へ向かう人の足音。遠くで犬が吠える声。風が木の葉を揺らす音。 帰ってきた、と思った。 昨日も思った。でも、今朝も思った。 ここが、自分の場所だ。 台所に行くと、セレーナが先にいた。 「おはよう」「おはようございます」「よく眠れた?」「はい。遅くまで眠っていました」「そう。今日くらいは、いいんじゃない?」「そうかもしれません」  薬草茶を作りながら、エリナは窓の外を見た。 冬の朝の空は、澄んでいた。 「お母さん」「うん」「昨日、ゴードンさんから聞いた話があります」「何?」「学院が、来年から衛生教育を取り入れることを検討しているそうです。石鹸の使い方、薬草薬の知識、傷の手当ての手順を、学院の教育に組み込む話が始まっている」  セレーナが少しだけ手を止めた。 「それって、どういうことになるの」「学院で教えれば、学院の生徒が卒業して各地に行く時に、その知識を持っていく。一人が届けられる場所より、ずっと広い範囲に届く」「あなたが一年でやったことが、もっと広がるということ?」「そうなるかもしれません」「お父さんが聞いたら、何と言うかしら」  エリナは少しだけ考えた。 「『私よりうまくやっている』と言うか、それとも『まだ足りない』と言うか」「この前も同じことを言ったわね」「同じこ

  • 灰の令嬢は、知恵で世界を塗り替える   49話 帰る場所

     翌朝、エリナは早く起きた。 今日、ルシェムに帰る。 荷物を確認した。報告書の写し。確認書の写し。殿下から預かったアッシュフォード商会の正式な代表変更に関する書状の下書き。そして、セレーナへの手紙。 全部、ある。 朝食を三人で食べた。 フィオナが、珍しく朝から饒舌だった。 「昨夜の話、全部聞かせてもらうって言ったけど」「聞きますか?」「聞く。でも、今は聞かない」「なぜですか?」「あなたの顔を見れば、大体わかるから。今日は、その顔で十分」「どんな顔をしていますか?」 ゴードンが静かに言った。 「昨日フィオナが見たかった顔」   出発前に、フィオナと二人になった。 宿の前の小さな通りで、少しだけ話した。 「フィオナ、これからどうするんですか?」「王都にいる。まだやることがある。規制案はまだ継続審議のままだ。陛下が認めたとはいえ、クロヴェルが諦めたわけじゃない」「そうですね」「でも、今日は違う話をしたい」「どんな話ですか?」「あなたが帰った後のことを、少し考えた。王都に来てからの一年間、私はずっとここで動いていた。でも、いつかルシェムに行ってみたいと思っている」「ルシェムに?」「マリオとルナに、会いたい。あなたが話してくれた人たちに。あなたが動いてきた場所を、見てみたい」「来てください、必ず」「いつ行けるかはわからない。でも、行く」「待っています」  フィオナが少しだけ笑った。 「その言葉、昨夜もレインに言ったでしょう」「言いました」「同じ言葉が、自然に出てくるようになったんだね」フィオナが穏やかに言った。「前のあなたには、なかった言葉だと思う」「そうかもしれません」「いい変化だと思う」  フィオナが手を差し出した。 エリナはその手を両手で握った。 

  • 灰の令嬢は、知恵で世界を塗り替える   48話 一年後の夜

     謁見が終わって、王宮を出たのは昼過ぎだった。 アルバ殿下が廊下で待っていた。 「よくやりました、エリナ殿」「ありがとうございます。殿下の準備がなければ、今日はなかった」「王都のデータは、効きましたね」 殿下が少し笑った。「右側の列が、ざわついた」「見えていました」「父上は、満足そうでした。あの顔は、久しぶりに見た。一年前に、『わくわくしている』と言いましたが、今日はそれ以上でしたよ」  エリナは少しだけ、その言葉を受け取った。 「殿下、商会の代表についてお願いがあります」「ゴードンさんから聞きました。昨夜、連絡をいただいた」「はい。正式にエリナ・アッシュフォードの名で商会を持てるよう、陛下にご確認いただけますか?」「すでに父上に話しました。年齢の問題は、特例として認めていただける方向です。正式な書類は、来週中に届きます」「ありがとうございます」「アッシュフォード商会の代表が、アッシュフォードの名前になる。当然のことですから」 王宮の外で、師匠とレインが待っていた。 師匠がエリナに言った。 「一つだけ言っておく」「はい」「今日の発言で、一番良かった部分を教えてもいいか?」「ぜひ」「クロヴェルへの返答だ」 師匠が静かに言った。「感情で返さなかった。でも、感情がないふりもしなかった」  エリナはフィオナが昨日言っていた言葉を思い出した。 「感情がないふりもしなくていい、という言葉を、昨日フィオナからもらいました」「賢い子だ、フィオナ殿は。あの返答には、あなたがいた。数字だけではなかった」「届きましたか?」「届いた。俺には届いた。他の人間にも届いたと思う」  師匠が一歩退いた。 「俺はこれで失礼する。よくやった」「先生、ありがとうございました。一年間、本当に」「礼

  • 灰の令嬢は、知恵で世界を塗り替える   47話 謁見の間、再び

     謁見の日の朝、エリナは四時間ほど眠った。 眠れると思っていなかったが、眠れた。 目が覚めた時、空はまだ暗かった。でも、もう眠れなかった。 起きて、顔を洗って、薬草茶を作った。 ルナが持たせてくれた葉を使った。 温かい湯呑みを両手で持って、部屋の窓から外を見た。 王都の夜明け前。 ルシェムとは違う空の色だった。でも、夜明け前が静かなのは、どこでも同じだった。 今日、謁見の間に立つ。 もう一度、確認した。 怖い。でも、届けたい。 それだけでいい。 朝食を三人で食べた。 フィオナが、珍しく静かだった。 いつもは何か言う人だが、今朝は食べながらあまり口を開かなかった。 エリナが「どうかしましたか?」と聞くと、フィオナが少し笑った。 「緊張してる」「フィオナが?」「私も人間だから。あなたが緊張するより、私が緊張してる気がする」「なぜですか?」「あなたが上手くいくかどうかを、見ている立場だから。自分が話すより、大事な人が話すのを見ている方が、緊張する」  エリナは少しだけ、その言葉を受け取った。 大事な人が話すのを見ている方が、緊張する。 「フィオナ」「何?」「今日、謁見の間に入れますか?」「入れない。謁見の場に入れるのは、名前がある人間だけ。私には、今は資格がない」「そうでしたか」「廊下で待ってる。終わったら、すぐ出てくるでしょう。その顔を見る」「どんな顔をしていると思いますか?」「わからない。でも、見たい顔をしていると思う」 謁見の前の十分間は、王宮の廊下の一角で過ごした。 フィオナ、ゴードン、エリナの三人。 廊下は石造りで、冷たかった。外の空気が、石を通して伝わってくる。 エリナは上着の内ポケットに手を当てた。 手紙が、ある。 フィオナが言った。 「今日の目標を、一つだけ確

More Chapters
Explore and read good novels for free
Free access to a vast number of good novels on GoodNovel app. Download the books you like and read anywhere & anytime.
Read books for free on the app
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status